(還元焼成は930度前後から入る)
「山河」さんの製作もいよいよ終盤。 今日は還元焼成の最後の窯を焚いた。
大きな窯には勿体ない位の少量でひと窯焚く事になった。
松灰釉の掛かった7寸皿と、磁器製の浅鉢 そして、そば猪口。
アトリエの電気窯では一番の高温になる1270度の窯焚き。
そして、還元焼成はプロパンガスを用いる。(画像のもの)
京都時代は 還元焼成はほとんどガス窯で行っていた。
さすが業者の窯だけあって、大きなもので、窯作業もそれこそ一日掛り。
作業が終わり次第の火入れであるので、必死で作品をつめいく。
遅くなれば、その日の窯当番の者の帰宅も遅くなるわけである。
電気の窯と違い、炎を見ながらの窯焚きはそれなりの緊張感がともない、毎回
のごとく印象的な経験であった。
そんな当時でも、薪の窯は特別で、神聖な存在であった。
まさか東京で穴窯をもてるとは思ってもみなかったが、考えてみると、
私の作陶人生では、窯で苦労する事はまずなかったと言っても良い。
(いつでも環境にあった窯が用意されていた。)
窯の火入れと同時に、土の不足を思い出し、幼少の頃住んでいた町へ車を飛ばし
買い付けにでる。
少々高い買い物ではあるが、その日のうちに手にはいるのだからこれも仕方がない。
途中、当時住んでいた家の前を通り懐かしく思う。
6月にお世話になる画廊のご主人にもご挨拶ができ、ちょっとした気晴らしの
旅になる。
当時はもっとレトロな教会で手前には水路があった。